2026年10月19日
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情報通信研究機構(NICT)

即時性シナプス増強だけ失うとハエの記憶が乱れる

AI が描いたイメージ

記憶は長く続く変化だけでなく、経験の直後に起きる短いシナプスの変化から始まる可能性がある。NICTの研究グループは2026年9月21日、Syt7が起こす即時性シナプス増強だけを失わせたショウジョウバエで、顕著な記憶異常を見つけた。仕組みが人でも再現され安全に介入できれば、診察室で経験直後の保持と長期記憶への定着を分けて調べられる。

人は今見聞きしたことを、しばらくの間はすぐ使える。だが、その「たった今」の記憶が神経細胞の中でどう生まれるのかは分かっていなかった。神経細胞が続けて活動すると、細胞同士の接点であるシナプスの信号が強まる現象も、分子の仕組みと記憶への役割が未解明のままだった。

記憶を分けて考える

シナプスでは、神経伝達物質という信号の物質が放出される。その量が変われば、次の神経細胞へ伝わる信号の強さも変わる。短い時間だけこの放出が増える現象が「即時性シナプス増強」である。これは、経験した直後の情報を一時的に保つ「即時記憶」と関係すると考えられてきた。

ただし、記憶を長く保つには、シナプスにより長く続く変化が必要だと考えられている。だから記憶を長期的な変化だけで説明すると、その直前に起きる細胞の変化を取りこぼす。ハエは遺伝子を改変して分子の働きを切り分けやすいが、ハエで見つかった仕組みが人の脳でそのまま働くとは限らない。

Syt7が放出の抑制を外す

NICTの研究グループは、ショウジョウバエの胚にあるシナプスを使い、即時性シナプス増強だけを遺伝学的に欠損させた。鍵はシナプトタグミン7(Syt7)というタンパク質である。Syt7は、神経細胞に残った少量のカルシウムを感じる。すると、次の信号を送る神経伝達物質が放出されやすくなる。

仕組みは、二つの部分の働きとして示された。C2Bドメインはふだん放出を抑えているが、残存カルシウムを受けたC2Aドメインがその抑制を解除する。これによって、続けて活動したシナプスだけで信号が強まる。Syt7を欠くことだけでは、この現象のカルシウムセンサーを特定したとはいえないが、今回の結果はその仕組みを操作して切り分ける道を開いた。

その変異体を成虫にして条件反射を調べると、顕著な記憶異常が見つかった。即時性シナプス増強だけを失わせたハエで記憶が乱れたことから、研究グループは、この現象が即時記憶の脳内実体の少なくとも一部である可能性を示す結果だとしている。記憶ができる直後の細胞変化は、観察するだけでなく、遺伝学的に操作して検証できる仮説になった。

](https://www.nict.go.jp/press/2026/09/jk1mi20000000btn-img/jk1mi20000000csa.png "図1 即時記憶と即時性シナプス増強の仕組み 出典: “今この瞬間”を記憶する仕組みを発見(情報通信研究機構(NICT))
図7 イヌを使ったパブロフの条件反射 出典: “今この瞬間”を記憶する仕組みを発見(情報通信研究機構(NICT))

診察室で記憶の時間を分ける

この仕組みが哺乳類の脳でも同じように働くと確かめられれば、経験直後の神経活動が長期記憶へ移る過程を、分子単位で追う標的になる。将来、精神科の診察室で「記憶力が落ちた」と一括りにせず、経験直後の保持、注意、長期記憶への定着のどこに障害があるかを分けて調べる可能性もある。Syt7が人で再現され、安全に介入できる場合の姿である。

ただし、これは記憶を治す薬への近道ではない。双極性障害は多因子的で、Syt7一つでは症状や治療法を説明できない。薬にするには、標的の選定、脳へ届ける方法、副作用の検証が必要になる。長期記憶への変換に、信号を受け取る側のシナプス後細胞の活動がどう結び付くかも、次に解く課題である。

出典

NICT「“今この瞬間”を記憶する仕組みを発見」